あなたが駅構内を歩いていたところ、倒れている人を発見しました。
会話は何とかできるものの、意識がもうろうとして反応が鈍いため、駅員に119番通報とAEDの準備を依頼。
その間に傷病者の意識状態はだんだん悪くなってきましたが、そこに駅員がAEDを持って到着し、あなたにAEDを手渡しました。
あなたは「心停止になるといけないので念のため…」と考え、AEDを装着しようとしましたが、そこに看護師と名乗る年配女性が現れ、「この状態ならAEDはいらない!使っちゃダメ!」と、AED使用を制止しました。
皆さんはこのストーリーを読んでどう思いましたか?
これは数年前SNSに投稿されたケースをもとにした想定なのですが、その投稿には当時、様々な意見が寄せられ、その中には
▼AEDは、心電図や脈を調べて必要がなければ動作しない
▼倒れている人にはとにかく積極的に使うべき
▼意識がある人に電気ショックを行うことはないので安心
▼心電図や周囲の音を記録するので後で役立つ
▼この年配女性は看護師なのに何も知らないんだな
というような意見が少なくありませんでした。
しかし結論をいえばこの場合、AED使用を制止した看護師女性が正しいといえるのです。
これはどういうことでしょうか?
AEDが判断できるのは、特定の心電図波形に該当するか否かだけ
前回、心停止の種類と、AEDによる電気ショックが有効な状態はどのようなものであるのかをお話ししました。
ブレイブハートNAGOYAブログ
0015 間違いだらけのAED Vol.2 - 止まった心臓はAEDでは動かない -
AEDが判断しているのは、「心室細動」か「心室頻拍」と考えられる一定条件の心電図波形であるか否かのみ。
× 傷病者に意識があるかないか
× 傷病者が正常な呼吸をしているか
× 傷病者に脈があるか
これらはすべて、AEDでは判断できませんので、使用者が判断する必要があります。
ちなみに、AEDは周囲の音を録音しているという話もよく言われますが、これまでに販売された各社AEDのうち、音声録音ができる機種の方が少ないのではないでしょうか。
おそらく、ある機種に録音された現場の音声が報道等で使われたことから、AEDはすべて録音しているというイメージがついてしまったのでしょう。
(録音機能がついているAEDの例:フィリップス社製・ハートスタートFR2)
「でも、電気ショックが必要な心電図かどうかはAEDが判断できるのなら、とりあえずAEDを使っておけば大丈夫なのでは?」と思ったあなた。そこに落とし穴があるのです。
脈がある心室頻拍でもAEDは「ショックが必要」と判断する
AEDの電気ショックが必要な心停止のひとつは、心臓がけいれんする「心室細動」。
そしてもうひとつは、心臓が速く動きすぎて空打ち状態になってしまった、脈なし(無脈性)の心室頻拍です。
しかし、心室頻拍には脈が保たれているケースも存在し、この場合、意識が清明で会話もできる、すなわち心停止ではないこともあります。
AEDは一定条件を満たす心電図波形を認識したならば「ショックが必要」として動作し、やがて電気ショックの指示を出します。
AEDでは脈の有無や意識の有無は判断できませんので、意識がある人に「念のため…」といってAEDを装着した際、もしその人が脈ありの心室頻拍で、条件を満たす心電図波形であったら…。AEDはショックを実行するよう指示を出してくるのです。
また、AEDの心電図解析の機構上、一定の条件を満たす上室性頻拍であっても、「ショックが必要」と判断してしまうこともあります。
≪日本光電 AED-2100の添付書類から抜粋≫
意識がある人に電気ショックを実行した例
米国では、ガイドライン2000年時代には既にこのようなケースが報告されていることが、当時のAHAのテキストに記載されています。
「まれな例として、灌流している心室性または上室性不整脈で反応のある患者に対して除細動が施行された報告がある。これは機器の誤りではなく操作する人の誤りであり、教育を十分行い、患者評価についての訓練を重ねることで防ぐことができる」
(BLSヘルスケアプロバイダーテキスト G2000版から抜粋)
また、意識がある人に電気ショックを行った例は、日本国内でも2018年に報告されているのをご存知でしょうか。
ER リポート 〜救命救急事例報告〜 【第8回】意識があるのにAED?!
※リンク先はPDFです
この記事を要約すると
●不整脈で通院中の17歳の女子高校生が動悸を訴え、学校の保健室を訪れた。意識は清明で会話も可能であった。
●養護教諭は119番通報とAEDの準備を他の教諭に依頼。AEDが届いたので、女子生徒の同意を得たうえでパッドを装着した。
●心電図の解析を行ったAEDは「ショックが必要」と示し、その後「ショックボタンを押してください」と指示を出した。
●教諭は「AEDのショックボタンを押すべきかどうかは機械が自動で判断するので、音声アナウンスに従えばよい」と講習で習ったことを思い出した。しばらく迷ったが、「救命講習の時とは状況が違うけれども、AEDがメッセージを発している以上、躊躇してはいけない。勇気をもってショックボタンを押そう。」と考え、ショックボタンを押した。
というもの。
ショック実行から約10秒後には心肺蘇生が開始されていることから、電気ショックを行ったことで生徒は意識を失ったと思われますが、救急隊員に『ショックボタンを押されたらドカンと衝撃がきた』と語っているので、ほどなくして意識も戻ったのでしょう。
しかし、場合によっては心室細動を引き起こし、本当に心停止にさせてしまうおそれがあるケースでした。
AEDの使用条件を今一度確認しよう!
≪旭化成ゾールメディカル ZOLL AED Plusの添付書類から抜粋≫
AEDを使用してよい条件は、
(1) 反応がない
(2) 正常な呼吸がない
(3) 脈がない(医療従事者や熟練した救助者のみ確認)
すなわち、心停止であると判断した場合のみ。
AEDの説明書や添付文書にも、意識がある場合、呼吸している場合、脈拍が確認できる場合にはAEDを使用してはならない旨がしっかり記載されています。
Vol.1でもお話ししたように、AEDによる電気ショックは本来医師のみが許された行為であり、市民によるAED使用は、一定条件を満たした場合には"違法性が生じない"旨が政府文書で謳われているものです。
心停止ではない人にとりあえずAED…という、本来の要件に反する使用方法は違法性が生じるおそれもあるほか、傷病者に危害を加えた場合にはその責任が問われることとなるかもしれません。
「そんな難しいことを言ったらCPRをする市民が少なくなる!」
という声もあるでしょうが、何もAEDを使うなと言っているわけではありません。
傷病者に危害を与えるおそれもあるから、正しく使おう。指導者は正しく教えよう。それだけのことです。
AEDは心停止の人に使うもの。
AEDが要る状態なら胸骨圧迫も行われなければおかしい。
救命処置をできるだけわかりやすく・簡略化して普及させることも必要ですが、省いてはいけない部分の見極めが狂うと、おかしな方向に進んでしまいます。
「できることからとりあえず!」というスタンスで十分な善意の市民救助者ならまだしも、医療の専門職や業務上傷病者対応にあたる人、救命法の指導的立場にある人ならば、リスクをしっかり認識しておきたいところです。
どれだけ便利で有益な機器であっても、使い方を誤ると人に危害を与えてしまうのですから。
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