「AEDによる電気ショックで、止まった心臓をもとの動きに戻すことができる」
といった記述がAEDの説明で用いられることがあります。
一般の方へのわかりやすさや記事の文字数制限などもあり、これような表現になっているかとも思われますが、誤解を生むきっかけのひとつにもなっているのではないでしょうか。
「AEDでは止まった心臓を動かすことはできない」
「AEDの電気ショックは、動いている心臓を止めるものといえる」
このような説明を講習内ですると、驚かれる方も少なくありません。
きょうはAEDの効果についてお話しします。
そもそも心停止とは?
ここでは、医学的知識を持たない方でもご理解頂けるように、他のもので例えて説明していきます。
心臓は、血液を全身に送り出すポンプです。
ポンプという点では、灯油ポンプや井戸のポンプと同じといえ、それぞれ送出対象の液体を最大効果で送り出すために、適切な速さや動きなどがあるわけです。
心臓を動かす筋肉は、心臓のある部分から発せられる電気信号によって、必要な部分が一斉に広がったり縮んだりすることで、血液を送り出すポンプの役目を果たしています。
この正常な心臓の動きを「洞調律」(Sinus Rhythm)と呼んでいます。
ではこのような動きが止まり、心臓がぴたっと止まった状態を「心停止」と呼んでいるのかといえば、それだけではありません。
心臓が何らかの動きをしていても、血液を送りだす機能を果たしていなければ「心停止」であり、心停止の中にはさまざまな状態があります。
◆心静止(Asystole)
心臓の動きがぴたっと止まった状態です。動きがないので当然、血液が送り出されるはずもありません。
ドラマなどで、心電図が横線一本になったあの状態が心静止です。
◆無脈性電気活動(Pulseless Electric Activity:PEA)
心臓が規則正しく動いているものの、たとえばその動きが極端に遅ければ、うまく血液が送り出されず、脈は触れません。
他にも、心臓を動かすための電気信号は出されているのに、心臓が圧迫されてうまく動けない状態であったり、心臓は動いているのに送り出す対象である血液が少なくなったりしている状態でも、全身への血流をつくり出すことができません。
この場合、心電図波形は認められるため、心電図モニターだけ見ると「心停止ではない」と誤解しがちですが、脈が触れなければ心停止と判断し、心肺蘇生を行う必要があります。
◆心室細動(Ventricular Fibrillation:VF)
心室(血液を送り出す心臓の部屋)を動かす筋肉が、一斉ではなく、各部分で勝手に動いている状態であり、心臓にけいれんのような動きはあるものの、血液はうまく送り出されず脈は触れない、心停止の一種です。
成人が突然倒れて心停止となった場合、この心室細動が起きていることが少なくありません。心室が1分間に300回以上不規則に震えるようにけいれんし、これが起こるとたちまち死につながります。
◆無脈性心室頻拍(pulseless Ventricular Tachycardia:pulseless VT)
心臓を動かす筋肉が一斉に広がったり縮んだりしても、それが極端に速い場合、いわゆる「空打ち」の状態になってしまいます。血液はうまく送り出されず脈は触れない、心停止の一種です。
AEDによる電気ショックは何をするものなのか?
AEDによる電気ショックは、上記の心停止であればどのようなケースでも有効なものではありません。電気ショックが有効な心停止=ショックが必要とAEDが判断するケースは、
●心室細動(VF)
●無脈性心室頻拍(pulseless VT)
のときのみ。それ以外の心停止には効果はないのです。
一般的な救命講習では、毎回AEDが「ショックが必要」と判断し、電気ショックを行う道に進みますが、心停止となった人のすべてがこの2種類の心停止というわけではありません。
実際の現場ではAEDが「ショックは不要です」という場合も少なくありませんが、これは「電気ショックが有効な状態ではない」とAEDが言っているだけ。傷病者が助かったとは言っているわけではありませんし、その傷病者は心停止であると判断したのであれば、心肺蘇生は必要です。
心室細動は、心臓の各部分が勝手に動いている状態。
全員、所定の勉強をしなければならないのに、各々が勝手に騒ぎまわっている小学校の教室のような状態とでもいいましょうか。
そこに怖い先生がやってきて「コラーッ!」と怒るのがAEDの役目ですが、喝を入れても子どもたちはすぐに本来の勉強をし始めるわけではないですよね。皆動きが止まってシーンとなってしまいます。
心臓も、電気ショックを行った後は動きが止まってしまいますが、心臓の異常な動きを止めてしまうことが、電気ショックによる「除細動」です。心臓が止まるのは、除細動に成功した、AEDが目的を果たしたといえます。
では、除細動に成功したら、心臓は元どおり動きだすのか。
それは心臓の筋肉に酸素がいかに供給されているかがカギになります。
心臓の筋肉に酸素が残っていなれば心臓は駆動することができませんから、質の高い胸骨圧迫で心臓の筋肉に酸素を供給しておくことが不可欠です。
なお、除細動の後に心臓がうまく正常に動き出したとしても、全身に効果的な血流が生まれるまでにはある程度の時間を要します。それまでの間も胸骨圧迫を行って血流をサポートする必要があるのです。
AEDに関する寸劇でよくある、電気ショックの後に傷病者がすぐ「助かった~!」と起き上がるようなことは、お芝居の中だけと考えておきましょう。
心停止であることを判断してからAEDを使わないと…
AEDが判断できるのは、「心室細動」と「心室頻拍」に該当する心電図かどうかだけであり、傷病者の反応や正常な呼吸があるかどうかを判断することはできませんし、脈があるかどうかの判断もできません。
傷病者が心停止であるかの判断は、使用者が行うしかないのです。
≪日本光電 AED-2100の添付書類から抜粋≫
AED使用に関する法的要件をかんがみても、傷病者が心停止であることを使用者は確認しなければなりません。
AEDを使用すべき傷病者は、心停止であることが認められた傷病者のみ。これは、どのAEDの説明書や添付書類にも使用条件として記載されています。
言い換えれば、AEDを使用する状態であれば、胸骨圧迫や人工呼吸も行われなければおかしいわけです。
≪旭化成ゾールメディカル ZOLL AED Plusの添付書類から抜粋≫
しばしば、「傷病者の反応はあるが、心停止になるといけないので念のためAEDを装着しよう」という話を聞きますが、これはAEDの使用法としては間違い。
法的要件云々だけでなく、傷病者に重大な危害を与えかねない危険な行為なのです。
AEDによっては、添付書類の中にこのような記述がなされていることはご存知でしょうか。
≪日本光電 AED-2100の添付書類から抜粋≫
これは特定のAEDのみ言えることではなく、すべてのAEDにいえること。
反応(意識)があり、会話もできている傷病者に電気ショックを行ってしまった事例は、2000年時点ですでに米国内では報告がされていましたし、日本国内でも実際に起きている事例なのです。
この詳細は次回説明していきます。
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