ボランティアベースで一般市民に対する救命法の普及啓発にあたる方へ
日本の一般市民向け救命法トレーニングは、消防機関や日本赤十字社といった組織だけでなく、本業を持ちながらボランティアとして活動する人たちによっても多数行われています。
普段は職業人向けのトレーニングを提供しているブレイブハートNAGOYAですが、地域における救命の連鎖の強化を支援すべく、イベント会場における心肺蘇生・AED体験ブースの運営や、地元住民に対する救命法講習を数多く行っています。
このページでは、ボランティアベースで一般市民に救命法トレーニングを提供したいと考えている方に参考情報などを記載しています。
❚ 資格がなくても指導はできるが…
「心肺蘇生を教えるにあたりどんな資格が必要ですか?」という質問をよく頂戴しますが、何かの団体・組織が発行する指導者資格は、当該団体等が定める講習修了証や資格証を発行するための権限認定として必要なものであり、心肺蘇生法などの救命法を誰かに教えること自体は資格がなくとも可能です。
アメリカ心臓協会AHAのコースの中でも、ファミリー&フレンズCPRコースは資格がなくても誰でも開催できるようになっています。
とはいえ、教えようとする内容が正しく最新のものであることは必須であり、曖昧な知識のまま指導を行えば、受講者やその先の傷病者に不利益が生じますので、必要なスキル習得の裏付けとして指導資格を取得することはひとつの手段といえるでしょう。
また、指導者の肩書きや保有資格がどんなものであるか気にする人も多いものです。
信頼性確保のためにも資格取得が有効となる場合もあります。
❚ 応急手当普及員になる
自治体の消防本部が開催し資格を発行するのが「応急手当普及員」であり、非医療職が市民に対する救命法講習を開催するために取得する最もポピュラーな指導資格でしょう。
普通救命講習や救命入門コースを開催して修了証を発行することが可能となる資格ではありますが、その運用上の規定は消防本部によって注意が必要です。
名古屋市の場合、応急手当普及員取得講習の受講にあたっての職種制限はなく(ただし名古屋市在住・在勤者しか受講できない制約はあり)、資格者は所定の手続きさえ行えば単独で普通救命講習等を開催して、修了証を発行することが可能です。
しかしそのような運用を認めている自治体の方が少ないようで、講習開催にあたっては消防職員の立会が必要な自治体や、地域の消防団員でなければ応急手当普及員になれない自治体、はたまた応急手当普及員の養成自体を行っていない自治体などさまざま。ご自身の自治体がどのような方針か予めしっかり確認しておくべきです。
❚ PUSHコースを開催する
PUSHコースは、我が国における心臓突然死防止を目指し、NPO法人大阪ライフサポート協会のPUSHプロジェクトが展開する市民向け蘇生法トレーニングです。
子どもでも学びやすいよう、犬のキャラクターが登場するアニメーション映像や簡易な胸骨圧迫練習器材を使いながら、胸骨圧迫のみの心肺蘇生やAEDの使用法を45分で学べるシンプルな設計が特徴で、学校の教室などで一度に大人数に向けた講習を開催するのに適しています。
認定インストラクターとして活動するためには10時間の「PUSHコース指導者養成講習会」を受講して認証を得る必要がありますが、自身のコミュニティでPUSHコースを開催するだけであれば、PUSHコースに1回参加した経験があればよいとされています。
❚ 全体像の理解と限界の認識
一般市民向けの講習とはいえ、人の命を扱う分野であることに変わりはありません。
講習で指導者が説明したことが間違っていたとしても、受講者にはそれが「正しいこと」となりますし、その誤った知識や技能の不利益を最終的に被るのは傷病者です。
の内容をしっかり把握し、蘇生分野の全体像や理論、注意事項などを学んだうえでご自身が蘇生法トレーニングを提供したい領域向けに必要な部分をピックアップしていくべきですし、利用する教材やコースの設計が「どこまでを対象範囲としているか?」は確実に把握しておくべきです。
例えば先述のPUSHコースは、我が国における心臓突然死を減らすべく、より多くの人に気軽に胸骨圧迫やAED使用を体験練習してもらうための簡易心肺蘇生コースであり、職務として質の高い救護を提供すべき立場の人に適したものではありません。人工呼吸の練習を含まないため、呼吸原性心停止(子どもの心停止の大半や溺水による心停止など)の対応が必要な人のトレーニングにもコース単体では不適当です。
▼参考記事(ブレイブハートNAGOYAブログ)
蘇生ガイドラインだけ読んで満足してはいけない 2022.12.20 投稿
❚ 医療従事者等がボランティアで市民に指導を行う場合の注意
看護師などの医療従事者が、そのスキルを活かして地域住民への心肺蘇生法指導や、イベント会場での心肺蘇生体験ブース運営などを行う場合、市民用の心肺蘇生法等の手順をあらかじめ把握しておかないと、誤った指導をすることに繋がります。
脈の確認はしない、胸骨圧迫の深さの上限は示さないことをはじめ、医療従事者との手順の違いはさまざまですし、スキルの要求水準も異なります。市民用心肺蘇生法は医療従事者用心肺蘇生法の下位互換ではなく、別のものとして取り扱わないと誤りが起きてしまいます。
指導を行う前に、少なくとも『救急蘇生法の指針(市民用・解説編)』を熟読しておく必要があります。
また、プライベートの時間を使ってまで救命法普及にあたろうとする熱意をもった医療従事者と一般市民の感情には、相当なギャップがあるのだと認識しておくべきです。
大切な命を守るために学ぶということは同分野の本質ではあるのですが、その言葉を見聞きした一般市民、特に救命法を学んだことがない人にとっては「重い」「カタい」「難しそう」という印象を抱かることになります。
特に不特定多数の一般市民を対象とする場では、「大切な命を救うために」「困っている人に手を差し伸べて」「愛を持って勇気を出して」といった言葉を勧誘の文言として使うと、逆効果になる場合が少なくないということを理解しておきましょう。
正論をぶつけたところで人は動きません。どうやったら「おもしろそう」「役に立ちそう」「自分にもできそう」と思ってもらえるのか、指導対象の心情などを考え、「ならやってみよう」と思わせるようなアプローチを行う必要があります。
❚ 「職業訓練」の領域には踏み込むべきではない
ボランティアで救命法の指導にあたる者の指導対象は、あくまで「善意で救助を行う一般市民」のみであり、市民=非医療職であっても、業務として救助を行う立場(教職員、保育士、介護職、警備員、その他業務上救助を行う職業人)への指導は対象外とすべきです。
業務として救助を行う立場は、「バイスタンダー」ではなく「レスポンダー」です。
救助に伴う責任が刑事・民事ともに問われる可能性がある立場であるとともに、要求されるスキル水準も一般市民より高水準。さらには、組織リスクマネジメントの知見を踏まえ、救急対応システム構築を組織で行うことが求められる立場への指導は、相応のスキルを保有するとともに、有償で責任をもって指導等にあたる指導者が取り扱うべき領域です。決して「心肺蘇生法だから同じ」というものではないのです。
ボランティアでの救命法指導の使命は、
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善意で救助を行ってくれる人々を地域社会に増やす
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その人たちが救う主対象は「家族やパートナー、親しい間柄の人たち」
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公の場での見ず知らずの人を救うことは、その次の段階
であることを強く認識すべきです。
▼参考記事(ブレイブハートNAGOYAブログ)
「市民」が行う心肺蘇生でも責任を問われることがある?! - 救助者の立場とその責任を考える - 2023.11.10 投稿
❚ 資機材の確保と衛生管理
救命法指導に欠かせないのがマネキンやAEDトレーナーなどの資機材です。
PUSHコースのように簡易練習器材を使うのではなく、しっかり胸を押すことができるマネキンや音声等が出るAEDトレーナーを使いたいのであれば、その確保も考えなければなりません。
マネキンが1体で3~5万円程度、非実在機種のAEDトレーナーでも1台3万円程度と、購入しようとすればなかなか大きな出費です。
名古屋市のように応急手当普及員が一定の要件を満たせば資機材を無償貸出しする制度が設けられている場合もありますが、そのような制度がない地域では資機材確保が大きな課題となります。
ただ、公的機関で貸出ししているマネキンの衛生管理具合は持ち主によってさまざま。
呼気吹き込み人工呼吸を行ったマネキンは講習終了の都度、フェイス(顔パーツ)を次亜塩素酸ナトリウムで浸漬消毒するとともに肺を交換することがメーカー指定の衛生管理方法なのですが、何も行われていないケースも散見されます。
清潔な資機材使用を含む学習環境の整備は、指導者の重要な使命。
不衛生なマネキンや、パッドが全然貼り付かないAEDトレーナーなどを使うようでは、受講者の学習を妨害することにもなりかねません。
首都圏を中心にAHAコース等を展開するChild-Lifesさんの資機材レンタルサービスを利用するのも良いかもしれません。
▼参考記事(ブレイブハートNAGOYAブログ)
❚ 人の人生を左右する領域に踏み込む覚悟はあるか?
救命法の指導は、誰かの命や人生を左右する分野です。その責任は、職業インストラクターであろうがボランティアインストラクターであろうが変わりません。
一般市民向けの救命法指導は、より多くの方に興味を持ってもらうべく、楽しさや面白さを押し出したものも少なくありませんが、その講習等が人の生命等を取り扱うことや、それに伴う責任が軽くなるというものではありません。
その責任を負わず、表面的な知識しか有しない指導者による講習指導や情報発信が、傷病者やその家族に大きな不利益を及ぼしています。子どもを預かる立場や親たちに対し「今は人工呼吸は要りません」と誤った発信をしている指導者はその代表例でしょう。
また、傷病者の救護を行った人は、傷病者の生死にかかわらず大きなストレスを感じ、心身に不調をきたすことが少なくありません。「大切な命を救うために心肺蘇生を行ってほしい」と人に指導したのであれば、もしその人が救助後に心身に不調をきたした場合にはそのケアまで責任を持つのが指導者の責務であるはずです。
誰かの生命や人生等を救うという成果をもたらす救命法分野の教育提供。
そこには大きな責任も発生します。
常に「正しい」とされる教育を提供できるために必要な自己研さん。
いざというときにはその正当性を証言できるだけの根拠と品質。
これらを負ってでも救命法分野の指導者として活動する覚悟はお持ちでしょうか。
❚ ブレイブハートNAGOYAでの取り組み
これまでお話ししたような責任と覚悟をもってでも、市民向けの救命法指導を行う社会的意義を踏まえ、ブレイブハートNAGOYA(直営または関連団体名義)でもさまざまな活動を行っています。
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イベント会場などにおける心肺蘇生/AED/ファーストエイド体験ブースの運営
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各種団体やミュージシャンなどと連携した救命法普及関連企画
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一般市民を対象とした無償の救命法講習 など
このような場で活動するボランティアスタッフの募集も行うことがありますが、品質確保等の観点から下記の要件を定めています。
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日本版蘇生ガイドライン及び救急蘇生法の指針(市民用・解説編)の内容を把握していること
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成人のみならず、小児と乳児の救命法(PBLS)の指導ができること
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呼気吹き込み人工呼吸の実演及び実技指導ができること
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会場までの交通費や飲食費、その他経費を自己負担すること(交通費や謝金支払いは原則ありません)
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ブレイブハートNAGOYAが定めるコンセプトや指導要綱を遵守すること
対面またはオンラインで面談を行って詳細を説明したうえで活動可否などを決定いたしますので、まずは問い合わせフォームからコンタクトください。